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2012年08月28日

9月3日より議会が始まります!質問通告を提出しました

残暑厳しい折ですが、まもなく9月定例会が始まります。

本日、一般質問の通告を出しました。

以下のような内容で、質問します。

順番は明日の議会運営委員会で、クジで決めます。


いじめが大きな社会問題となっています。

大津市は確かに問題です。

いじめはあって当たり前なので、なぜ、当初、ないという見解を出したのか、私も理解できません。

ただ、大津市の対応の是非以前の問題として、「いじめは犯罪行為だ」と、ひとりひとりの子供、ひとりひとりの保護者が自覚することがまず大事です。これを抜きにして、「学校が悪い、教育委員会が悪い」と言っても、まったく問題解決につながりません。

こういう考え方のもと、今回の一般質問で、いじめ問題を取り上げます。

 


1  総合計画の策定について



a 「まちづくりシンポジウム」の基調講演は、そのまま西東京市の総合計画の策定の考え方につながるのか。



b「課題対応」型から「ビジョン実現」型は、「高度成長期の拡大・開発基調」の単純な否定ではない。都市成熟化時代のハードのまちづくりをどう考えるか。



2  地域コミュニティについて



a
自治会・町会空白地域をどうするか。



b
三鷹市で行っているコミュニティ住区制度も、あわせて検討すべきでないか。



3  自殺予防の取組みについて



a ゲートキーパー研修の実施状況について



b 一般市民にも、ゲートキーパー研修を受けていただく必要があるのではないか。



4  市内大学との協働について



5  教員体験協定について



6  東伏見公園について



千駄山広場が、来年度より都立東伏見公園として、リニューアルオープンする。しかし、これまでも、地域住民に利用されてきた広場であることから、従来の利用実績をふまえた特色ある公園にすべきと考えるが、市長の考えを問う。



7  公立学校におけるいじめ対策について



昨年12月議会でも確認したが、再度、西東京市におけるいじめ対策のスタンスを問う。また、ネットいじめ対策はどのように進めているか。



8  がん教育について 



分子標的治療薬の登場により、飲み薬でがんを治療する時代になった。がん治療が日進月歩で進んでいるが、早期発見の切り札であるがん検診受診率が、欧米は7〜8割なのに、日本は2〜3割と低い。先進国でがん死亡が増えているのは日本だけであることから、学校でのがん教育がとても重要である。西東京市での取り組みを問う。



 



 



 



質問の相手: 市長 教育長職務代理者

posted by なおみ at 16:20| 議会報告

2012年08月19日

陸前高田 廃墟に咲く花

遠野市と陸前高田市に行って来ました。


陸前高田市には、昨年も震災復興支援ボランティアとして行きました。


遠野市は、正確に言うと被災地支援の視察です。
この2月に、遠野市長である本田敏秋氏の講演を聞き、名刺交換をしました。そのとき、本田氏が、(社交辞令だと思いますが)「遠野にもぜひ遊びに来てください」とおっしゃられたので、それをきっかけに行くことにしました。

遠野というと、私のような学生時代に日本史を専攻した者には、特別な響きがあります。「遠野物語」は、柳田國男のあまりにも有名な著書で、民俗学や歴史学を学ぶ者ならかならず一度は手にします。

つい最近上映された映画「HOME愛しの座敷わらし」の主人公?座敷わらしも、「遠野物語」に登場します。

しかし、遠野といえば、今は何と言ってもカッパです。
なんたって、「カッパ捕獲許可証」が発行されているくらいですから。もちろん、しゃれです。許可証は遠野市観光協会が発行しています。

今回の遠野市訪問は、座敷わらしやカッパと会いに、ではなく、遠野市が積極的に被災地支援をおこなったから、その様子を見聞するためです。

遠野市役所に到着すると、ご多忙中にも関わらず、本田市長が迎えてくれました。その後、若い職員さんの運転する車で、総合防災センターや仮設住宅、被災地支援ボランティアネットワークNPO法人「遠野まごころネット」の事務所兼宿泊施設を視察させていただきました。


遠野市は、津波の被害はなかったので、震災直後から、市長の判断で独自に、被害の大きかった陸前高田市や大槌町などへ支援物資を運びました。

支援物資の量も半端でなく、「知り合いの店に行き、『俺だけど、棚のここからここまで全部くれ』とツケで(支援物資を)買うんです」と同行の職員さんが話してくださいました。
こうやって、総額3億円もの支援物資を運んだそうです。

人口2万人、一般会計予算規模が188億円と、たいへん小さな市で、その規模からすると、この3億円はびっくりするような金額です。市長判断でおこなった支援ですから、全額市負担でも仕方のないところですが、後日、国と交渉して、3億円いただいたそうです。

陸前高田では、昨年と同じく、住田基地に宿泊し、ボランティア活動をしました。

住田基地は、元小学校だったところを改装し、公民館として使用していましたが、震災後、ボランティアの無料宿泊施設として開放されています。雑魚寝が基本ですが、女性専用部屋があって、私はそこに泊まりました。黒板を見ると、昨年私が書いたメッセージがそのまま残っていて、感動しました。


活動は、広田半島で、ガレキ集めと分別・袋詰め、それから側溝の泥かきを行いました。

広田半島は、半島の左右両側から津波に襲われ、それがぶつかり、水柱がたったと言われています。すさまじい津波のエネルギーを物語るように、田んぼにはおびただしい数のガレキが点在した状態だったようですが、ボランティアがコツコツと片づけているところです。

人骨もまだ見つかると、ボランティアセンターの人から言われ、びっくりしましたが、実際、分別作業の最中に、人骨とおぼしき骨が一片見つかり、警察を呼びました。「あの骨は、家族の元に帰れるのかしら」とちょっぴり胸が痛みました。

短時間でしたが、陸前高田市の中心街(だったところ)も見てきました。

ガレキはかなり片付いていましたが、それでも、まだまだあちこちに山積み状態。市役所や公民館、大型スーパー、学校などは、津波直後のまま、放置されていました。

市役所の正面玄関には犠牲者供養のための壇がしつらえてあり、お盆の時期だったので、線香をあげ、手を合わせる人が絶えませんでした。玄関の奥に自動車が一台つっこんだままになっていました。

廃墟と化した街は、1年半の月日を経て、赤く錆びつき、さらにすさまじい形相になりました。


遠野市の職員さんがおっしゃっていたことですが、震災後、復興があまりに進まないので、もう沿岸部には戻れないのではないかと諦める人も出始めているそうです。

1年前とほとんど変わらない陸前高田市の中心街を見たとき、諦める人の絶望感がなんとなくわかりました。


田んぼでガレキを片づけていても、小さなものは持ち上げると、崩れてバラバラになってしまいます。


「風化が進み、最後は消えのいくのか」。そんな思いすら、感じても不思議ではない陸前高田の中心街ですが、小さな鎮魂碑が建てられ、花が植えられ、お盆のお飾りが賑々しく飾られ、ここに人の暮らしがあったことを忘れまいとする人たちの心も感じられました。


 

posted by なおみ at 14:21| 活動報告

2011年08月13日

今日陸前高田から帰宅します!

F1000343.jpgF1000345.jpg2日間の活動を無事終えて、今日帰宅します。

写真は宿泊した住田基地の様子です。
ここは、元々は大股小学校でした。それが廃校になったあと、地域の集会施設、公民館として使用していましたが、被災地ボランティアの宿泊場所として、今は使用しています。
主に個人参加のボランティアの宿泊施設という位置づけのようですが、今回の西東京社会福祉協議会のボランティアも受け入れてくださいました。
女性専用の部屋があり、そこに泊めていただきました。トイレは水洗で男女別です。

基地の運営もボランティアで行っています。宿泊した人が一人一人片付けや掃除もするようです。
山の中なので、クーラーがなくても、朝夕は寒いくらいです。
お風呂もありますが、個人参加の方用で、私たちは、バスで入浴施設に行き、そこでお風呂に入りました。
たいへん暑い中での作業、しかも、作業の内容が泥の除去と海中から引き上げたガレキの分別だったので、この入浴施設は本当にありがたかったです。
お湯をたっぷり使って、頭の先から、足の指まで、洗うことができ、さっぱりとリフレッシュすることができました。
夕飯は、一日目は近所のコンビニで買って食べましたが、二日目は入浴施設内のレストラン、三日目はドライブインのような街道添いのレストランで食べました。
メニューによりますが、おおむね一人1000円以下です。
朝食は前日、入浴施設からの帰宅途中でコンビニに寄り、買ったものを住田基地で食べました。
昼食もやはりコンビニで調達しましたが、暑いので、なるべく昼食間際にバスの運転手の方に買いに行ってもらいました。

今、ちょうどお盆の時期で、今日も午前中は高速道路も上下線ともだいぶ混んでいましたが、現在午後3時、東北道は快調に流れています。
このまま順調に行けば、日没前に西東京に帰着できそうです。
posted by なおみ at 15:06| 2012年3月以前の記事

2011年08月12日

漁港でガレキの片付けをしました!

F1000340.jpgF1000342.jpg今日は、漁港のガレキの片付けをしました。地元の漁師の方が、「こんな最悪見るなんて、早く死んじゃえば良かったよ」と嘆いておられました。
「大丈夫ですよ、また、いいことがありますよ」と申し上げました。
街中にガレキの山、山。
これでも、3月11日から毎日片付けているそうです。

気が遠くなりそうです。
posted by なおみ at 16:07| 2012年3月以前の記事

2011年08月11日

被災地ボランティア二日目、側溝の泥をかきだしました!

F1000336.jpgF1000337.jpgいよいよ陸前高田市での被災地ボランティア活動が始まりました。
炎天下の中、側溝の泥をかきだしました。
写真は泥をかき出しているところと、ボランティアセンターの様子です。マッチングというのは、ボランティアをしたい人としてほしい人をマッチングするところです。
posted by なおみ at 17:33| 2012年3月以前の記事